「にんげん」って・・・?





最近、有るブロガーさんに教えて頂いた「本」をチョッピリ読み始めました
マダマダ途中ですが、此処迄読んで来て・・・


其の本は短編小説が幾つも書かれているんです
時代背景も背景環境も全く異なる、小説が何篇も書かれています


読んで行く内に、「にんげん」って?がテーマな様な気がしました
人間は何の為に生きているのやろうか?
如何言う考えで、人は生きて居てるのやろうか?


そして、金は何の為に生きて居るの?
って・・・
死ぬ時に自分の人生は「しあわせ」やったなと、感じる為?
子孫繁栄の為?
周りの人間に「あの人は、良い人やったな」と云われたい為?


金の考えは単に「死ぬ為」に生きて居る
って、思うてました
したら、何も悩まず・何も欲せず・死ぬ迄な何もせんと居ればエエが・・・
って思うがね
でも・・・
哀しいかな
「死ぬ為」に生きて居るのに
痛いのは嫌!苦しいのはイヤ!悩み事はいや!
楽しく・辛い思いもせんと生きて行きたい
って、思うんだよね

だとしたら、金の「死ね為に生きて居る」って何やら道理に合わん気がする

結局人間って、何の為に生きてるんやろうか?


此の本を読み終えたら判るんやろうか?
それとも
其の課題を作者が提起してるんやろうか?


物語の中身は様々で
放蕩三昧で死にゆく人、住む所も・身に付ける物も無く其れでも必死に生きてる人
一応(今で言う公務員かな?)仕事には就いているけれど・身成風体は酷く
仲間内所か道行く人々や見知らぬ子供達からも馬鹿にされて・それでも生きて居る人、等
様々な人間の物語(と、トラエマシタ)


それとも、人間の生きてる時間何て些細
大事に生きていこうよ!
って言う事なのかな?


まあ
充実して生きて行きたいって思うのは、皆同じやろうな
でもさ
そう叶う人ばかりで無いし・環境的には他人からみたら倖せそうでも
本人は、寂しく辛い心の内かもしれない
「生きて行く」って言う事って容易い事ではない
って、事だよね


人間に限らず、生を受けた全ての物(って言ってエエのかな?)に共通出来る事や思う
何と無く、感じた事でした




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